Indiegogoという米国のクラウドファンディングサービスをご存知でしょうか。

クラウドファンディングというのは群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語で、不特定多数の人がオンライン上で他の人々や組織、プロジェクトに資金の提供や協力などを行うことを指します。音楽分野ではファンによる活動の支援、LP・CD制作・ツアーの資金調達などに活用されています。

クラウドファンディングサービスと言えば米国ではKickstarter、日本ではCampfireがメジャーです。そのKickstarterより早くクラウドファンディングサービスを開始し、200カ国以上のクリエイターや起業家たちをサポートしてきたのが、2008年1月に開設されたIndiegogoというサービスです。

moscowclub001

そのIndiegogoで日本のバンド、möscow çlub(モスクワクラブ)がLP制作を行うクラウドファンディングを立ち上げました。インディーミュージックを愛する4人組のバンドです。今回、möscow çlubからクラウドファンディングを立ち上げたことを教えていただき、今回のプロジェクトについてインタビューを試みました。アーティストの音楽活動のチャレンジングな一例として、音楽ファンの音楽体験をさらに楽しくする一例としてご覧いただければと思います。


—まずmöscow çlubについて教えてください。

私たちの結成は2011年です。新しいインディペンデントな音楽・カルチャーに対する興味、トレンド感。そして同量に過去の音楽・文学・カルチャー、特に80年代のものに対する畏敬の念があります。影響を受けたものは、現行のものでは初期のBLACKBIRD BLACKBIRD、Dom、Lake Heartbeat、18 Carat Affairといったアーティスト(※)、そしてCUZ ME PAIN RECORDS(※)。過去のものではネオアコ、ジャーマンニューウェーブ、ディスコ、エキゾ、海外文学、SFなどから影響を受けています。

バンドを結成した2011年はBandcampやSoundCloudが少しずつ主流になりつつある頃で、それを紹介するブログやサービスを熱心に読み漁っていました。PitchforkやThe FADERではなく、それより少しだけマイナーなNo Modest Bear、GRRRIZZ’LY、verb/re/verb、All,Everyone,United、Life Aquatic、Friends With Both Armsなどです(※)。ネットレーベル系ではBekoやArcade Sound Ltd.、 あとはYours Truly、Daytrotterなど(※)を好んでチェックしていました。

洋楽好きの人は結構RO69とかMonchicon!、Qetic、iLoudなどを見ている印象でしたが、そういうものを介さずとも、少し深入りすれば日本人のフィルターを通さずダイレクトに海外のバンドの新しい音をどんどん聞けるという現実に衝撃を受けました。

私たちの結成の直接的なきっかけは人と人との出会いに他ならないのですが、やりたかったことは、自分がリスナーだった時の再体験のようなことです

例えば、熱心なリスナーがBandcampで偶然にアートワークが目に止まり、音を聴いたところ気に入って、それがたまたま日本人だったというようなことになれば素敵だなと。そういうわけで、音とビジュアル以外の情報を発信する必要は無いなと考えました。わたしたちは海外っぽいバンド、ではなく海外のバンドになりたかったのですね。こういう考えが私たちの活動・振る舞い一つ一つへとつながっていきました。

今回は、大山さんにインタビューの好い機会を設けて頂きました。LP製作プロジェクトをより多くの人に知って欲しいという願いから、一度日本語で話をしてみるのも面白いかもしれないと考えたのです。どうぞよろしくお願いします。

—こちらこそよろしくお願いします。ところで、möscow çlub(モスクワクラブ)というバンド名ですが、なぜモスクワなのですか?

ドストエフスキーの罪と罰からの影響と、UKでもUSでもない第三世界の不明瞭さ、未知への憧憬・興味などが由来です。

—なるほど。では今回のプロジェクトについてお聞きします。クラウドファンディングに限らず資金調達の方法はあると思いますが、なぜクラウドファンディングという手段を選んだのでしょうか?

単純にそのサービスへの興味とクラウドファンディングの海外での盛り上がりを見た時に、私たちのような自主で活動しているバンドやアーティストこそが利用すべきサービスだと感じたからです。日本において、ことさら音楽に関してはまだチャレンジしている人が少ない印象がありました。

いくら素敵なアイデアが思い浮かんだとしても、お金の面で実現を諦めざるを得ない場面は多々あるでしょう。

とは言っても現在ではSNSがあることで幾分か敷居は下がっているかと思いますが。そういう部分に着目して具体的なサービスにまで落とし込んだのがクラウドファンディングではないかという風に捉えています。KickstarterでDucktailsが12″を切る為に支援を募っていたプロジェクトなどは参考にさせてもらいました。

また、LPをあとで店で買うより、クラウドファンディングで出資したほうが送料無料で特典付きで受け取れるというお得感を盛り込めたらなと思いました。今回はバッジかクリアファイルの特典が付いたLPを送料無料で受け取ることができます。

—確かにインディペンデントな音楽活動とクラウドファンディングの相性は良さそうですね。クラウドファンディングサービスは今では数多くあります。米国ではKickstarter、日本ではCampfireが人気です。そのなかでなぜIndiegogoというサービスを選んだのでしょうか?

わたしたちはこれまでの活動の上で英語という言語を選択してきたので、それに沿う形は海外サービスしかありませんでした。kickstarterかindiegogoの2択に絞った上で、インターフェースが優れているという観点からindiegogoを選択しました。

—今回クラウドファンディングをやってみてファンからはどのようなフィードバックがありましたか?

モスクワクラブを既知の人たちからは「待ってました」、「モスクワらしい」、「面白い」という声を目に(耳に)します。大変嬉しく思います。
その一方で、新曲の公開には気づいても、企画自体には気付かない、もしくは気付いても具体的に何をするものなのかわからないという人も大勢いる印象を受けます。クラウドファンディングがまだまだ日本には浸透していないこと、我々の説明不足などが原因かなと思います。

—一番の課題はどうやって認知させるか、ですよね。クラウドファンディングは出資額に応じて様々なリターンがありますが、[モスクワクラブの解体]というのが気になります…。[モスクワクラブの解体]とは何でしょうか?

某ソビエトの終焉をキャッチーにした感じだと思っています。

—ソビエトの終焉をキャッチー…ソビエトの終焉をキャッチー…。

壊してください(上目遣い)

—…。ウェブ戦略についてお聞きします。möscow çlubはSoundCloud、Bandcamp、Twitter、Facebook、Pinterest(※)、Behance(※)と積極的にソーシャルメディアを利用しています。ソーシャルメディアの運用は今や必須となり、アーティストにとっても頭を悩ますものですが、どのような運用を心がけているのでしょうか。

音源の公開方法として初期から一貫して行なっていることがあります。まずSoundCloudで試聴音源を公開し、それが二曲揃ったタイミングでパッケージとしてBandcampにてepを無料公開。そのepと同時にVimeoを利用してミュージックビデオを併せて公開。ライブ映像はYoutubeで、と用途を使い分けています。

アマチュア意識の人、私たちもその域を出ませんが、そういう人に多くて残念なのがどんどん新録や情報を垂れ流しがちなことです。デモを公開することは悪いことでは無いですが、何でもかんでも出すのは自分の価値・新鮮味を下げてしまうだけで勿体無いかなと。

moscow_club_pin

PinterestとBehanceはトートバッグを制作したときにルックブックという位置付けで利用しました。Pinterestなんかは無地の壁にお気に入りの写真をピン留めしていく感じ。本当に素敵なインターフェースだと思います。海外から通販するときの現実味が少し薄れて、送料度外視してでもこれ欲しいわー!っていうあの気持ち。日本のバンドグッズというとどうしてもノベルティ感が濃いダサいものになりがちなので、どうにかバンドのフィルター無しに日常に使えるようなものを、と思案しました。

こうやって話してみると新しいサービスは割と色々利用していますね。インターフェースがクールなサービスとは、お互い良い関係が築けるということでしょう。
あと、ツイッターでは過剰な情報発信を控えるようにしています。日常において誰それのリリース、次のライブが、ライブ動画が、という情報は思った以上に重要なものでは無いのでは、と思います。それは当然私たちの活動においても言えることなので、こういうスタンスを採っています。

—とても素晴らしいと試みだと思います。正直インターフェースという言葉が出てくるとは思いませんでした。PinterestやBehanceの利用はかなり印象的ですね。このようにソーシャルメディアを運用していて、möscow çlubの音楽がファンに届いていく実感はありますか?

そうですね。本当にすごい時代だとしみじみ思います。直接リプライをくださったり、ブログで紹介してくれる人がいたり。あまりお返事を返せていないのですが、ライブなどでもしお会いした時は言葉で伝えるようにしています。

海外の反応としてはThe Guardianのコンピに紹介してもらったことで、Hype Machine(※)のウィークリーチャート10にCom Truiseと並んで載ったことがあります。当時はHype Machineもよく利用するユーザー側だったので大変驚きました。

他には私たちのウェブショップでイギリスやロシア(!)の人がCDを購入してくれたり、アルゼンチンのブランドのキッズラインの曲に使ってもらったことがあります。(Paula Cahen D’Anvers Niños ¡Video Campaña Verano 2012!)ベッドルームで制作した曲が東京からそんなとこにまで届くというのは非日常的な感覚でした。

—普通、ただ単にソーシャルメディアを利用してもそのような結果は生まれないと思います。楽曲のクオリティはもちろんですが、ウェブの使用法もとても考えられていることが分かりました。最近では徐々に日本のアーティストもBandcampを利用するようになりました。iTunesやAmazonに配信することも簡単になりましたが、Bandcampはどういった点で優れているのでしょうか。

手続きの煩雑さが全然ないこと、初期段階でお金がかからないこと、そしてインディペンデントな感覚、の3つだと捉えています。

3つ目はどういうことかというと、ItunesやAmazonの大手・メジャーという印象の対極的な位置にあるということです。インディペンデントなバンドの音源が集まる場所、探しに来るリスナーもそういう理解のもとアクセスしているのではないかと思います。うまくいえませんが、「Bandcampで公開する」という行為がインディペンデントを体現するような感じでしょうか。

ちなみに日本人でBandcampで最初に名を馳せたのは現Teen RunningsのFriends(※)です。(恐らく)

—確かにそんな理解はあると思います。Bandcampに関しては日本でPayPalがもっと普及すればより使いやすくなりそうですね。日本のアーティストはあまりオンラインツールを積極活用しない、あるいは上手く活用できていない印象があります。どうやって普段からクラウドファンディングなど新しいサービスの情報を手に入れているのですか?

情報はやはり、海外の音楽ブログ、アーティストのフェイスブックやツイッターなどでしょうか。

—常にアンテナを張ることが重要ですね。まだ今回のプロジェクトは終了していませんが、現時点でまたクラウドファンディングを利用してみようと思いますか?

頭を下げてお金をくださいと云う行為はなかなか勇気がいるものです・・・。ニーズが見出だせそうなら、という感じです。

—クラウドファンディングを考えているアーティストにアドバイスをお願いします。

良いコンテンツ(楽曲)を用意することの努力を惜しまなければ、自然と良い結果に繋がると信じています。
見せ方、拡散することも大事ですが、肝要なのはやはりコンテンツと、チャレンジする勇気かな、と< —そうですね。それについてはmöscow çlub自身が成功することが最大の啓蒙になると思います。最後に読者へのメッセージと今後の活動予定を教えて下さい。

人々の音楽活動のスタイルや音楽の聴き方は、私たちが活動を始めた二年前から見ても、多岐に渡って目まぐるしく変化し続けているように感じます。
そういう時代にあって、変化を愉しむ気持ちと変わらないものを尊ぶ気持ちをこれからも大切に活動していきたいと思います。
発信できる情報量・手段が増えても、人間の知覚は概ね変わらないはずですから。

どうもありがとうございました。

今後のライブ日程
5月18日 大阪 OZ
5月31日 渋谷 テオベルントジャパンツアー
6月15日 新潟 ジェシールインズ アルバムリリースツアー
6月29日 möscow çlub アルバムリリースツアー

—ありがとうございました。今回のクラウドファンディング、応援しています!
(2013.5.28 追記Indiegogoでのプロジェクト達成おめでとうございます!)


Come-In Come-Out初のインタビュー記事となった今回はバンドや楽曲についてではなく、Indiegogoでのプロジェクトについてお聞きしました。次世代の音楽活動の事例として知ってもらいたかったというのと、「〜が〜でクラウドファンディングでしてます」と書いたところで一体誰の心に刺さるのだろうと考えたからです。どうせならインタビューとして少しでも共感を生み、学びになる機会を作ろうと考えました。

だがせっかくなのでここで少し楽曲について触れたい。

彼らが述べた音楽ブログ、アーティスト、カルチャーの影響がとてもよく分かる。80年代〜90年代のギターポップをミラーボールぐるぐるなディスコにぶち込んで60年代のSF映画を歌わせたような楽曲だ。

先日Bibioの新譜をご紹介した。独特なオーガニックサウンドでノスタルジックな追憶に浸らせるBibioの楽曲聴いていると何だかイライラしてきた(今年ベスト級と言っておいて)。対照的にmöscow çlubの近未来的ギターポップは同じ追憶なのかもしれないが、ポジティブな自分を思い出せてくれる。比べる対象がかなりおかしいが、やっぱこっちの方が良い。良質のインディーポップだ。

ライターの柴さんはネットレーベル発のインディーポップリバイバルについて以前こう書いていた。

80年代~90年代のギターポップの2010年代へのリバイバル。だから、パッと耳をひく目新しさがあるか? と言われたら、あまりそうではない。たぶん似たようなテイストのバンドは、これまでにもたくさんいると思う。

しかし、まるでひっそりと流れる地下鉱脈のように、こういう類の音が求められてきたのが、2012年の日本のインディーシーンだった。そしてそれは、ネットレーベルという新しい回路を通って、次々と形になってきている。

出典:CINRA

確かにそうなのかもしれない。しかもその音楽は日本国内に留まっていない。彼らがインタビューの中で挙げた国内外の音楽ブログ、音楽メディアを通して世界に広がっていく。アルゼンチンのファッション・ブランドに楽曲を使われるということはそうそうないだろう。もちろん楽曲が優れていることが最重要であるが、世界とつながるウェブで自分をどう魅力的に表現し人を惹きつけるかということも同等に重要なのだ。そこまで含めての“表現”だ。

世界中のキュレーターたちにフックアップしてもらうためにはウェブの利用は大前提であり、特にYouTube・SoundCloud・Bandcampの利用は必須だと考えている。手段の目的化、という話はすっ飛ばして単純に機会損失だからだ。möscow çlubやTeen Runningsは実際にすばらしい機会に巡りあう事ができている。

ネットレーベル、音楽ブログ、ウェブサービスで新しい生態系ができつつある。もしかしたらこれこそが受け継がれていくポジティブな音楽ムーブメントなのかもしれない。

しかしクラウドファンディングというのはなかなか難しい。クラウドファンディングは音楽活動と相性が良いと言う人もいるが、具体的にどのように活用すれば良いのかは語られない。もちろんアーティストによりけりだが、よく言われるソーシャルメディアでシェアして云々って果たしてそれでプロジェクトを達成できるのだろうか。既存コアファンを取り込みつつ、新しいファンを掴みコアファンに育てていくにはどうしたら良いのか。そこを皆知りたい(怠慢だな)。

その一つの答えをmöscow çlubのクラウドファンディングから見ることができるかもしれない。プロジェクトを達成するのが一番だが、協力してくれたファンこそが一番の財産だ。どのようにメディアを利用しているか、ファンはどのように考えているか、möscow çlubの活動を追っていくことで見えてくるだろう。是非彼らの活動を見ていて欲しい。…ってかなりのボリュームになっていまいました。ご覧いただきありがとうございました!今回のプロジェクトでLPになる音源がSoundCloudで公開されています。聴けよ!!
Indiegogo プロジェクトページを見る

möscow çlub – Letter from Six-Gamelan Syndicate from moscow club on Vimeo.


möscow çlub
オフィシャルサイト/Twitter/Facebook/Pinterest/Behance/SoundCloud/Bandcampvimeo/Indiegogo プロジェクトページ


(注)
BLACKBIRD BLACKBIRDDomLake Heartbeat18 Carat AffairCom TruiseTeen Runningsはアーティスト名。
Teen RunningsはFriends名義でBandcamp・SoundCloudにアップしたデモ音源が海外の音楽サイトに取り上げられ、逆輸入で日本のインディーシーンでも話題となった。2012年バンド名をTeen Runningsに改名。デビュー・アルバムは、全楽曲のミックスをDum Dum GirlsやCrocodilesのプロデュースも務めるアメリカ人エンジニアJon Greeneが手掛けた。テキサス州オースティンで開催の「SXSW 2013」にも出演している。

No Modest BearGRRROZZ’LYverb/re/verbAll,Everyone,UnitedLife AquaticFriends With Both Armsは海外の音楽ブログ。

Hype Machineは音楽ブログを集約し、楽曲をキュレーションして紹介するサービス。

CUZ ME PAIN RECORDSは東京から世界へ向けて音楽を発信しているインディー・レーベル。

BekoArcade Sound Ltd.はネットレーベル。

Yours TrulyDaytrotterはさまざまなアーティストのセッション映像や音源などを配信しているサイト。

※ Pinterestとはピンボード風の画像共有SNS。好きなテーマのピンボードを作成し、画像コレクションを作成・シェアできる。

Behanceとはクリエイター向けのハイクオリティなポートフォリオサービス。プロジェクト単位でポートフォリオを管理できる。

Latest